京阪電車の時刻表とにらめっこ

京阪電車の時刻表とにらめっこしながら京都と大阪を往来してもらう学生時代をすごしました。車内アナウンスではいつも「本日は京阪電車をご利用いただきありがとうございます」と言っていたはずなので(遠い過去のことなので記憶が定かではありません、スイマセン)、本当は京阪電鉄というらしいことを分かったときは、最初は同じ電鉄会社であるとは思いませんでした(笑)それはともかく、なにゆえに京阪電車の時刻表とにらめっこしていたのかというと、当時お付き合いしていただいた彼女が大阪の門真に住んでおりまして、私は京都の東福寺にある親戚のアパートに住んでいて、大学生だった私はお金が無くて、京阪電車にも乗れない極貧生活を送っていたので、当時すでに働いていた彼女が、食糧支援のために京阪電車に乗って私のアパートまで通ってくれていたのでした。三畳一間の小さな下宿の2倍の6畳一間のアパートで、京阪電車の時刻表の終電の時間を思い浮かべながら楽しいひと時を過ごしたものでした。

京阪電車の時刻表をいつも東福寺の駅で・・・

京阪電車の時刻表をいつも東福寺の駅で、彼女との別れ際に見ていたのを思い出します。「にじむ街の灯を〜♪」というBGMが似合いそうなデートの別れ際なのですが、何せ見送りする駅が東福寺なので、とてもそんな雰囲気ではありませんでしたが、東福寺発守口行き普通列電車の最終、京阪電車の時刻表には当時11時20分の表示であったと思います、1秒たりとも早すぎもせず遅れもせずホームに乗り入れる京阪電車のフロント部分が、何だか嫌な表情に思えたのはよく覚えています。いま考えればただの被害妄想に過ぎないのですが、明日また会うのにひと時でも離れたくないという青春の迷いの時期、京阪電車のローカルな感じの車両がとても哀愁を誘ってくれたのだと今でも思います。その後、京都での学生生活を終えて、就職で東京の勤務となった私にとって、京阪電車の時刻表とあの車両、そして東福寺の駅というのは楽しかったけれど、どこか切ない思い出になっています。

「おりひめ」と「ひこぼし」が出会う京阪電車

どこか切ない思い出のある東福寺の駅と、京阪電車の最終を知らせる時刻表、そして心が和むローカル色に染められた車両に後押しされたのか、お付き合いいただいた彼女が奥様に転じたのは、私が就職してから2年目でした。東京勤務のために遠距離恋愛というものを実践していたのですが、お互い仕事を抱えていたので、会いたくとも会えないこともしばしばでした。そんな状況下で奥様のご両親にごあいさつをしに行ったのが夏場のことで、そのとき1週間の休みを取っていたこともあり、K特急「おりひめ」と準急「ひこぼし」を見に行きました。いずれも沿線が七夕伝説で知られる交野線と本線とを結ぶ直通列車の愛称で、朝の淀屋橋行きが「おりひめ」で夕方の私市行きが「ひこぼし」なので、どこぞの駅で並ぶということは有り得ないのですが、サービス精神旺盛な京阪電車は時刻表を変えてしまうのです(笑)七夕の夜に臨時K特急を運転したのです。私市駅で「おりひめ」と「ひこぼし」が並んだときは鉄分豊富な人たちの歓声と拍手とシャッター音が狭い私市駅に鳴り響いていました。

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